スカウト同士が言い争っているところに出くわした。

 一人は涙をぽろぽろこぼしながら泣きじゃくっている。

「どうしたの?」泣いていないほうのスカウトに聞きただすと、彼ではなく泣きじゃくっているスカウトが、嗚咽の合間にとつとつと話し出した。

「A君が僕のお母さんのことを「でべそ」だといって聞かないんだ。僕のお母さんはでべそなんかじゃない」

 一瞬笑ってしまいそうになったが、彼にとっては自分のお母さんのことを、からかわれた、ということで一杯になっているのだろう。彼の目を見ながらその気持ちを考えると、なぜだか私まで涙ぐんでしまった。

 A君に「冗談にせよ、ひとのお母さんのことを、そんなふうに言うもんじゃない。もし君が同じ事を言われたらどんな気持がするか、よく考えてごらん」

 そう言いながらも涙が止まらなかった。A君はどうして私まで泣き出してしまったのか、不思議そうに見つめながらしばらくだまっていたが、そのうちコックリと頷いて、「ごめん、もう言わないよ」と言ってくれた。

 「もう二度と人のいやがることを言ってはいけないよ。分かったら握手して、皆のところに戻ろう」と言ったら、A君がさっと手を出して、相手の手をとって、しっかり握手したまま、二人で駆けていった。

 それは他から見ればほんの一瞬の出来事だったにちがいないが、二人の気持の葛藤を考えると、私はその場からしばらく動けずに、涙の流れるままに立ち尽くしていた。

夏目 潔(元BVS隊長)

ボーイスカウト東京文京第5団