私は前に、新聞の記事を読んで感動した事があります。

 それを君たち(スカウト)に伝えたいと思います。

 それは広島県の中学校で30年間、理科を教えてきた教師が書いた「一生一度の学び」にまとめた体験談でした。

 その家族は、同じ教師の妻と3人の子供、そして88歳になる母親の6人。

 ある日、元気に家事をしていた母親が、突然、脳こうそくで倒れた。非常事態!誰が面倒を見るのか。最初は妻が2ヶ月間の看護欠勤制度を利用して病院に付添い、次の2ヶ月間は先生がその制度を利用した。それまで先生は自分の授業で、胎児性水俣病の子供の写真など、独自の教材を使って「人間学」と称し、よく、人間の生き方を語り、生徒の啓発に熱心だった。じき、母親は病院から自宅に帰る事になった。よくなった訳ではない。ついに看護欠勤も期限切れとなり、夫婦で話合い、結果、先生が看護に専心すると決めたのだ。

 先生が学校から去る日、生徒たちに、静かに、別れの言葉を告げた。

「人間、生涯に一度くらいは、自分の一番やりたいことを、やめなくてはならないこともある」―

 体育館の中が、さざ波のような泣き声で満ちた。

 それから先生の介護の日々が始まった。その中で考えさせられた。家事でも介護でも女性の負担がいかに大変なことか。あれほど嫌々だった排泄の処理が、汚いものを汚いと思わなくなった。入浴させる時は、家族全員が手伝う。母親は喜んだ。

 人間にとって何が本当に大事なことか。自分は、学校で何を教えていたのか。

 実は先生の母親は生みの親ではなく育ての親。

 母親の世話ができることを感謝しながらの毎日が、勉強だった。家族の気持ちの交流や介護の真剣な協力。そこに、人間がともに生きることのありがたさがあった。

 母親は静かに亡くなった。

 この記事を読んで、人間にとって何が大切で大事か考えさせてくれました。

 君たちがこれから大人になった時、実際に同様のことがあるかもしれません。その時に思い出してください。ボーイスカウトの「ちかいとおきての」の中にも、同じ内容が書かれているということを。

大屋有司(元BS隊長)

ボーイスカウト東京文京第5団